自らを神への奉仕へ捧げ、神への畏怖に生きたお方

「預言者ムハンマドの潔白さ」の章で語ってきたことは、預言者ムハンマドがけがれのない、罪一つないお方であること、その純潔さに関する事項であった。ここではそのまた別の一面を示していきたい。そのお方における自らを罪から遠ざけ、神への崇拝行為に捧げることのあり方、神への畏怖、しもべとしての意識、崇拝行為に対する認識といった観点から、預言者ムハンマドの罪一つないあり方を包括的に理解し、このお方を知りたいと望むのであれば、そのお方の、あの世に対する見方、神への結びつきといったものを示す、以下の事項について知っておくべきであろう。

預言者は、神への奉仕に自らを捧げるという点においても最たる存在であられた。このお方におけるその繊細さ、疑わしいものは避けるという姿勢は、比類する者がないほどのものだった。このお方は全ての行動、振る舞いを、この基準に照らし合わされた。アッラーへの畏怖は非常に深いものであり、その心臓は締め付けられた。実に繊細で感受性豊かであられ、しばしば涙を流され、畏れられた。そのお方が活気づかれるとあたかも海のようであられ、悲しみに沈まれるとまた大海のようであられた。

人生をこのような形で送られたお方に、先に述べた章句を悪用して、この世的なものや罪に傾斜した濡れ衣を着せることは敬意の重大な欠如であり、過ちである。

アッラーはこのお方を崇高な世界へと置かれ、地上で吠え立てる声はそのお方に届くことはないであろう。まして、彼らが投げつけた泥がこのお方に届くことがどうしてあり得ようか。

なぜならこのお方の御自身をアッラーに捧げた度合い、罪を遠ざけられる度合い、アッラーへの畏怖、罪を避けることへの究極的な注意深さなどは、そのお方が罪を犯し得る等ということとは決して相容れないものであるからだ。

ここではその度合いの深さについて触れてみたい。

まず、御自身を神へ捧げられるとは、この世界が全て与えられても喜ばれず、全てが取り上げられても悲しまれないという状態である。これは預言者ムハンマドにおいて最高であった。この世界全てがそのお方のものとされたとしても、おそらくは大麦を一粒見つけられた程度にも喜ばれなかったことであろう。全世界がそのお方から奪われたとしても、同じように大麦を一粒なくされたほどにも悲しまれなかったことであろう。預言者ムハンマドはこのように、精神的にこの世界を放棄されていた。この放棄というのは、実際に世界を放棄するというものではない。収益を得るための最適な方法、最も論理的な方法というものを示されたのもまた、預言者ムハンマドなのだ。このお方が、物質的な意味でこの世を放棄され、また人々にもそれを勧めておられたと考えることはできない。これは精神的な意味での放棄である。

その最適の例は、預言者が創設されたイスラーム国家が短期間で、世界でも有数の豊かで強い国になったことであろう。西洋のある思想家が述べているように、このお方が作られたこの大きな国家は後に二十五の帝国を生み出したのである。オスマントルコ帝国もその一つである。「神に自らを捧げる」ことの礎石はこのようであるべきであろう。

預言者ムハンマドは、その輝かしい預言者としての活動を始められた時から、世界がその魅力をたたえてそのお方の足元に広げられた時まで、行動を全く変化させられなかった。さらには、生まれた時手にしておられた財産を、亡くなられた時には持っておられなかった。財産の全てをアッラーの道のために費やされたのだ。預言者ムハンマドの遺産は、数頭のヤギと、妻たちが暮らすいくつかの部屋のみだったのである。それらもまた国家の財産とされ、妻たちが亡くなった後はすべて礼拝所の一部とされてしまったのだ。その地を訪れた者なら知っているとおり、これらの小部屋は礼拝所のほんの片隅に収まってしまうほどのささやかなものである。[1]

草で編んだ敷き物で休まれた

聖ウマルはある時預言者の元を訪ねた。預言者ムハンマドはござの上で寝ておられ、敷物はそのお方の顔に跡を残していた。部屋の片隅には加工された皮革が、もう片隅にはわずかな大麦が入った袋が置かれていた。預言者の部屋にあるものはこれで全てだった。

聖ウマルはこの光景に心を痛め、涙を流した。預言者がなぜ泣いたのかと問われると彼は答えた。

「アッラーの使徒よ、今頃各地の権力者は宮殿で羽毛の布団で寝ているというのに、(この世界はあなたのために創られたというのに当のあなたは)固いござの上で寝ておられる。あなたの顔に跡さえ残している。私はそれに涙を流したのです」

それに対して預言者ムハンマドはこのように答えられた。

「ウマルよ、この世は彼らのもの、あの世こそが我らのものとなることを望まないのですか」[2]

他の伝承によれば預言者は次のように答えられたとされている。「この世界が私にどう関わるというのか。私は旅人のようなものである。木陰で休んでいる旅人である。そのうち、そこを出て、旅を続けるであろう旅人である...」[3]

このお方はこの世界に、ある任務を帯びて来られた。感情や思想において、人々に復活をもたらされたのである。任務を果たされればこの世を去られることになっていた。この世界についてこれほど関わりを持たずにおられたこのお方が、この世的なものに傾倒することに可能性を見出すことはできない。このお方は決して、この世的なものに傾倒されることはなかった。常にそのあり方を保たれたのである。

喜捨とされた品に関する気の使い方

預言者ムハンマドはある夜寝られた。しかし朝まで寝返りをうたれるばかりで、全く眠ることができないようであられた。朝になって奥様が尋ねた。

「アッラーの使徒よ、昨晩はご機嫌が悪かったのですか。苦しんでおられたようですが」

預言者ムハンマドの答えはこうであった。

「寝床を準備している時、床に落ちていたナツメヤシを見つけた。私はそれを口に入れた。しかし後から思い出したのだが、この家には喜捨として運ばれて来たナツメヤシもあったのだ。私の食べた物がそういったナツメヤシだったらどうしようと朝までそれを考えて眠れなかったのだ」[4]

自由喜捨(サダカ)や義務の喜捨(ザカート)は、そのお方には禁じられていた。しかしそのナツメヤシは、そのお方に許された贈り物として持って来られた物である可能性もあった。おそらくそのほうが可能性として高かった。なぜならその家に運ばれて来た喜捨が、その家で夜を越すことはなかったからである。運び込まれるや否や分配されていたのだ。

ほんのわずかな疑いにさえ、このように行動され、人生において常にこうした繊細さを示されたこのお方が、絶対的に宗教上禁じられたことをなされようとすることがあり得るだろうか。

このお方はほんの些細な、しかも疑わしいというだけのことに関してさえ、精神の世界を汚すという観点から実に注意深くあられた。明らかに宗教上禁じられたことに関してその力が弱まるということがどうしてあり得ようか。

預言者ムハンマドは決して、罪の前に屈されることはなかったのである。いかなる罪に対しても無防備であられることはなかった。その魂、意志は常に潔白であり、そのように生き抜かれ、最上の友の御前に、そのように昇って行かれたのである。

預言者ムハンマドを老いさせた章

聖アブー・バクルが預言者に尋ねた。「アッラーの使徒よ、あなたの髪に白いものが混じっています。急に老いてしまわれたようです。何か悩まれていることがあるのですか」

預言者は答えて言われた。「フード章、出来事章、送られるもの章が私を老いさせた」。[5] フード章では、預言者ムハンマドに「命じられたように(正しい道を)堅く守れ」(フード章11/112)

ここでいうところの正しさとは、アッラーがその使徒に示された正しさである。それが守られることが望まれているのである。

送られるもの章では、天国と地獄が区別され、人々が恐怖のなかでうち倒れることが語られている。出来事章でも、その区別が明らかに示されている。これらの章で語られていることが預言者を恐れさせ、老いさせていたのである。

あの世への見方

ある教友が家でクルアーンを読誦していた。その声は外からでも聞こえた。

「本当にわれの手元には鎖があり、また炎もある。(喉に)つかえる食物があり、また痛ましい懲罰がある」(衣をまとう者章73/12~13)

教友がこの部分を読んでいた時、預言者ムハンマドがそこを通られた。預言者ムハンマドは突如顔色を失われ、地面にひざをつくように倒れられた。これらの節を聞いて、このお方は恐れおののいていた。そう、このお方はこの節が持つ威嚇から、それほどまでに恐れられたのである。[6]

こういったものを恐れる必要がない人がいるとしたら、それは預言者ムハンマドであろう。しかしそのお方は、我々に徳を教えられ、アッラーに対する態度がいかにあるべきかということを示されておられるのであった。

神の視線に対する預言者ムハンマド

イブヌ・マスドが伝えている。「ある時、預言者ムハンマドは『クルアーンを読みなさい、聞きましょう』と言われた。私は『アッラーの使徒よ、クルアーンはあなたに啓示されているものです。あなたの前でどうして私が読めるでしょうか』と言った。『私は人が読むのを聞くのが好きなのです』と預言者は言われた。それで私は婦人章を読み始めた。

『われが、それぞれのウンマ(共同体)から一人の証人を連れてくる時、またあなた(ムハンマド)を、彼らの悪に対する証人とする時はどんな(有様)であろうか』(婦人章4/41)

この節に来た時、預言者が『もう十分だ』と言われた。振り返ってみると預言者は涙を流しておられた。心が痛めつけられ、もはや耐え難い状態に到っておられたのだった」[7]

この節はこのお方に、あの世でのすさまじい光景を示すものであった。

預言者ムハンマド熟考

「ある時預言者は私に『アーイシャ、いいだろうか。今晩私は神に崇拝行為を捧げたい』と言われた。「あなたと共にいることが私には喜びですが、あなたのお気に召すこと全ても、私の喜びです」と私は答えた。預言者は立ち上がられ、礼拝を始められた。

『本当に天と地の創造、また夜と昼との交換の中には、思慮ある者への印がある』(イムラーン家章3/190)

その晩は朝までこの節を読まれ、涙を流された。朝になって、アザーン(礼拝への呼びかけ)を唱えにやって来たビラールが預言者ムハンマドに、『アッラーの使徒よ、御自身をどうしてそんなに苦しめておられるのですか。アッラーはあなたの過去と未来の全ての罪を許されたのですよ』と言った。預言者ムハンマドは答えて言われた。「私にこれほどの恵みが与えられているのだ。与えられた恵みにふさわしい形で感謝することができるしもべであろうとしているのだ」[8]

預言者ムハンマドは何と涙を流されていたのか? 御自身にふさわしい形で、最上の感謝を行なうことができていないのではないかという畏れからであった。このようなお方が罪を犯したり、もしくはそれに傾斜したりすることは考えられるだろうか。

預言者ムハンマドは、アッラーが禁じられたことを避け、罪を犯さずにいるという点でこの上なく注意深く、厳格であられた。同じように、命令に従うということにおいても非常に注意深く、厳格であられた。このお方があらゆる罪からかけ離れた存在であられたこと、清廉であられたことの論拠はこれで十分であろうと私は思う。

そもそも預言者ムハンマドが生きられたような形で生きることは、他の者にできることではない。御自身の崇拝行為に対して、また御自身に対しても厳格であられ、悪しき欲望(ナフス)に対しても真剣に向き合われた。

あたかもその人生は全て、崇拝行為を元に調整されているようだった。どの瞬間においても崇拝行為を行なわれていた。ここでいう崇拝行為とは、単に我々も知っているような礼拝や断食といったものに限定されない。このお方は全ての行動を、崇拝行為として行なわれたのである。

我々は預言者ムハンマドを「御自身を誰よりも崇拝行為に捧げられた方」と呼ぶが、これは語彙が不十分であるからこそ、このような表現になるのである。本当ならもっと適切な、他の語彙を使うべきなのだ。

善行における迅速さ

ある時、預言者ムハンマドが礼拝所にやって来られた。人々の前に立たれ、礼拝を始められた。それからまもなく礼拝を中断され、お部屋に戻って行かれた。非常に急いだ様子であられ、見るものは火事場に駆けつけるのかと思ったほどであった。少し後にそのお方は戻られた。先程とは違ってすっかり落ち着いておられた。そして礼拝を再開された。

礼拝が終わると教友たちは先程の様子について尋ねた。預言者ムハンマドはこの様に答えられた。「少し前に、貧者に分配するようにと施しが運ばれて来たのだ。私はその分配を忘れていたが、礼拝しようとした時に思い出した。自分の家にそのような物品を残したまま礼拝はしたくなかったので、家に戻ってアーイシャに分配するよう伝えたのだ」[9]

厳格さとはこのことをいうのである。アッラーへの畏怖とはこのことをいうのである。そしてこれこそが、このお方とこの世界の結びつき方を示しているのだ。

この世は何度もこのお方を誘惑しようとし、自らの魅力を求めさせようとした。しかし預言者はそれを拒み通されたのである。[10]

何日も続く空腹

預言者ムハンマドは、何日も何も食べないでおられることがしばしばだった[11]。人生を通して、大麦の乾いたパンでさえ、その空腹を満たすことはなかった[12]。その家では何ヶ月も、スープさえ作られることがないまま過ぎた[13]。

ある時預言者ムハンマドは、座ったままで礼拝をされていた。それは義務ではないナーフィラの礼拝であった。アブー・フライラは礼拝後にそのお方に尋ねた。「アッラーの使徒よ、病気なのですか。座ったまま礼拝されていましたが」。その返事は恐るべきものであった。「何日も何も食べていないので、空腹が私を弱られてしまったのだ。立って礼拝するだけの力がもう残っていないので座って礼拝していたのです」

アブー・フライラは言う。「それを聞いて私は泣いてしまった。預言者ムハンマドは御自身の苦境を忘れられ、私を慰められようとしたのだ。『泣くな、アブー・フライラよ、この世界で味わった苦痛は、人をあの世での懲罰から救うのだ』」[14]

預言者ムハンマドは一人のリーダーであられた。このお方に従う人々の中には何日も空腹のまま過ごす者たちがいた[15]。このお方も、御自身の生活レベルを彼らに合わせられたのである。

物質的な意味で、最も貧しい生活を送っておられたのはこのお方であった。それはそのお方が望まれた故である。お望みになりさえすれば、快適な生活を送られることは可能だった。それはこのお方にとって容易なことだった。御自身に贈り物として届けられる物品を分配さえしなければ、誰よりも快適な生活を送るに十分であった。しかしこのお方は、そのようなことは考えもされなかったのである。

これは決して、御自身と、御自身が導かれた教えの集団がこの世に嫌気がさしていたとか、この世を放棄してしまっていたとかいう意味に採られるべきではない。この問題は一部の者たちが「この世を放棄している人」と言いつつ預言者におけるこの徳をからかって述べ立てているようなものではないのである。望むものは金を稼ぎ、豊かになる。そしてアッラーが命じられた形で喜捨を払い、施しを行なう。誰もこういったことを否定しているわけではない。むしろ許された道において利益を上げることはイスラームでは奨励されている。それと共に、預言者の、そしてその家にいる友人たちが、上で述べたような考えに忠実である必要もあった。

そうでなければ、日々目覚ましく拡大していく、マッカやマディーナといった域はとっくに超越してしまっているこの教えの集団を、当初の清廉さ、透明さのままで保つことは困難であったからである。この集団は、単に物質的なものではない。心や魂、意志、良心の集団である。預言者ムハンマドはそのダイナミックさによってこの集団を維持されようと努められた。彼らに要求される自己犠牲の精神も、まず御自身が示された。全ての点でそうあられたように、この点においても弟子たちの模範となられたのである。ここで最も印象深い例を紹介しよう。

真夜中であった。預言者ムハンマドは体力を消耗しきっておられた。眠ることもできなくなっておられた。少しでも眠ることができれば、激しい空腹から一時的であれ逃れることがおできになったであろう。空腹はこのお方を放そうとはしないようであった。預言者ムハンマドは家を出られ、歩き始められた。向こうから人が来るのを感じられ、そちらに注意を向けられた。それが誰であるか預言者ムハンマドは理解された。それは人生で決してこのお方を離れることのなかった人であった。思考において、行動において常にこのお方と共にいた人であった。

この時も、マディーナの人気のない片隅で、あたかも待ち合わせをしていたかのようだった。やって来たのは聖アブー・バクルであり、預言者は彼に挨拶をされた。そして尋ねられた。「アブー・バクルよ、真夜中のこんな時間にどうしてこんなところで歩いているのですか」

アブー・バクルは預言者を見て自らの悩みを瞬時に忘れ去った。そもそも彼は常にそうであった。マッカで、預言者ムハンマドを助けようと争いに介入して危篤状態に陥ったことがあった。丸一日意識不明だったが意識を取り戻すや否や「アッラーの使徒はどうなられましたか」と尋ねたのだ。母のウンム・ウマラは怒って「あなたは死にかけていたのにまだあの人のことばかり気にしている」と言った[16]。しかし彼女は知らなかったのである。アブー・バクルは、預言者ムハンマドのことを考えることがなくなった時、終末を迎えるのだ。なぜなら預言者ムハンマドは彼の命の源であったのだ。

そしてこの時もまた、このお方から離れることができず、自分でもわからない感情に、そこまで導かれて来たのであった。

預言者の問いかけに彼は「空腹のためです」と答えた。「家には食べるものが何もなくて、眠れなかったのです。だから外に出てみたのです」

それから彼は付け加えた。「母も父もあなたに捧げます、アッラーの使徒よ、あなたはどうして外におられるのですか」。答えは同じものであった。預言者ムハンマドも空腹のために外に出ておられたのである。

その時、もう一つの人影が近づいて来た。この長身の立派な体格の人物はウマルであった。ここで、いつものあり方が完成されなければならなかったということであろう。預言者ムハンマドの右側には聖アブー・バクルがいたが、左側にいつもいるべき人がここにはいなかった。あたかもその空白を埋めるためであるかのように、その人物も急いで駆けつけたかのようであった。

そう、やって来たのは聖ウマルであった。この二人の親友を見つけて、彼も驚いていた。挨拶が交わされた。預言者はウマルにも、なぜ外に出たのかを尋ねた。彼も同じことを答えた。「空腹のためです、アッラーの使徒よ。空腹が私を外に出させたのです」

預言者ムハンマドは、アブー・アル・ハイサムのことを思い出された。彼の家はその付近にあった。おそらく、昼間彼を果樹園でご覧になっておられたのであろう。少なくとも彼らにナツメヤシを食べさせ、空腹から救ってくれることだろう。「さあ、アブー・アル・ハイサムのところに行きましょう」と預言者ムハンマドは言われた。

一行はアブー・アル・ハイサムの家に着いた。ハイサムと妻は眠っていた。家には五六歳の子供がいた。まず、扉をウマルがたたいた。その声量のある声で「アブー・アル・ハイサム!」と呼んだ。しかしハイサムも妻も、それに気が付かず眠り続けていた。ただ、子供が目を覚まし、寝床から飛び上がって父親に「お父さん、起きて!ウマルさんが来たよ」

ハイサムは子供が夢を見たのだと思った。「寝なさい、こんな時間にどうしてウマルがこんなところに来るんだ」と言ったのであった。子供は寝床に戻った。

扉が開かなかったので今度はアブー・バクルが声をかけた。子供はまた飛び上がり「お父さん起きて!アブー・バクルさんが来たよ」と言った。父親は子供を再び寝かしつけた。

しかし最後に、預言者ムハンマドが死者をも甦られるほどのその声で「アブー・アル・ハイサム!」と呼びけかけると、子供は矢の様に寝床から飛び出し、扉へ走った。そして「お父さん起きて!アッラーの使徒が来られたよ!」と呼んだ。

ハイサムは何が起こったのか即座に理解できずにいた。すぐに入り口に駆けつけた。彼は自分の目が信じられなかった。真夜中のそんな時間に、王の中の王が来られたのである。急いで彼らを中に招き入れた。外に出て一頭子ヤギを屠った。このような名誉は、おそらく一生に一度あるかないかであった。彼の人生で最高に幸福な時だった。自分の命を食卓に出したとしても、まだまだ不十分と感じたであろう。彼はナツメヤシを出し、牛乳を出し、肉を出した。そうしてこの敬愛なるお客様たちに食事を振る舞ったのである。

彼らは、空腹を抑えることができる程度にのみ、食事をされた。預言者は目に涙を満たされた。全ての事項に新たな側面と深さをお与えになるその口から、このような言葉が発せられた。

「アッラーに誓って言うが、この恵みについても将来問われることでしょう。[17]」それからこの節を読まれた。

「その日あなた方は、(現を抜かしていた)享楽について、必ず問われることであろう」(蓄積章102/8)

 そう、このお方はその生涯をこれほどの厳格さでもって生きられたのである。このような方の生涯に過ちを見つけようとすることは、悪意か無知のなす業である。

聖ウマルはこのお方に最も近い人たちの一人であった。彼はそのお方のこの生き方をこのように語っている。「アッラーに誓って言うが、私はアッラーの使徒が朝から晩まで苦しまれ続けたのを見た。なぜならもっとも質の悪いナツメヤシを見つけて空腹を癒すことすらおできにならなかったのだ」[18]

しかし預言者ムハンマドが望みさえすれば、誰であれ御自身のために最上の食卓を設えたことであろう。そもそもそんなことをする必要すらなかったはずである。御自身に届けられる贈り物は、日々預言者ムハンマドとその家族が快適に暮らしていけるだけの量があったのだ。しかしこのお方は、与えられたものを皆に分配し、次の日のために何も残されようとしなかったのである。[19]

どうしてこの世の恵みの恩恵を受けないのかと尋ねられた時、このお方は次のように答えられた。「この世の恵みから恩恵を受けることをどうして考えられるだろうか。イスラーフィール(世界終末を知らせる天使)は準備ができた状態でアッラーの命令を待っている。このような状態にある人間がなぜこの世の恵みを手当たり次第に利用することができようか」[20]

 


[1] Bukhari, Faraidun 3; Ibn Kathir, al-Bidayah 5/306
[2] Bukhari, Tafsir 66-2; Muslim, Talaq 31
[3] Tirmidhi, Zuhd 44; Ibn Maja Zuhd 3; Musnad I/301
[4] Musnad 2/193
[5] Tirmidhi, Tafsir 57
[6] Kanz al-'Ummal 7/206
[7] Buhkari, Tafsir 4-9; Muslim, Musaafirin 247-248
[8] Ibn Kathir, Tafsir 2/164; Kurtubi 4/197
[9] Bukhari, Azan 158; Nasa'i, Sahw 104
[10] Musnad 2/231、預言者ムハンマドを語るI、ページ82を参照
[11] Musnad 3/213
[12] Bukhari, At'imah 23; Muslim, Zuhd 22
[13] Bukhari, Riqaq 17; Muslim, Zuhd 28
[14] Abu Nuaym, Hilyah 7/109; Kanz al-'Ummal 7/199
[15] 参照 Bukhari,At'imah 23; Muslim Zuhd 12; Majma' al-Zawa'id 10/322
[16] Ibn Kathir, Al-Bidayah 3/40
[17] Muslim, Ashriba 40; Kanz al-'Ummal 7/196
[18] Muslim, Zuhd 36; Ibn Maja, Zuhd 10; Musnad 1/24, 50
[19] Bukhari, Bad'u l-Wahy 5-6, Savm 7; Muslim, Fada'il 50
[20] Tirmidhi, Qiyamah 8; Musnad 1/36, 3/7

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