預言者ムハンマドの謙虚さ

預言者ムハンマドは非常に謙虚な方であられた。そもそも偉大な人物の偉大さの印は謙虚さであり、矮小な人物の矮小さの印がプライドや自負心である[1]。このお方は偉大なお方であり、だからこそ謙虚であられた。

「謙虚に振る舞う者は誰であれ、アッラーが彼を高められる。尊大に振る舞う者は誰であれ、アッラーは彼を卑しめられる[2]」とそのお方は語られ、それを自ら実現されていたのだ。皆預言者ムハンマドの謙虚さを見て、偉大さというものがどういうものであるかを学んだのだ。

うぬぼれ、尊大ぶる人物をアッラーは必ず地に沈められてきた。カールン[3]しかり、サラバ[4]しかり、フィルアウン(ファラオ、パロ)しかり、ニムルード(古代アッシリアの王)しかりである。

謙虚に振る舞う者を、アッラーは常に高められてきた。預言者ムーサー(モーゼ)、イーサー(イエス)、イブラーヒーム(アブラハム)、そしてムハンマド(彼らの上にアッラーの祝福と平安あれ)。

このお方の謙虚さは驚くべき状態であった。預言者ムハンマドはアッラーのしもべであり、使者であられた。夜昼問わずアッラーにしもべとしての行為を行い、節度を保たれた。そして次のように言われた。

「正しさから引き離さないでください。節度を保たせてください。常に正しい道に私を引き寄せてください」[5]

信仰行為においても過度または不足は預言者の道ではない。預言者ムハンマドは完全に中庸を行かれたお方であった。そもそも信者たちは五回の礼拝で常にアッラーから正しい道を行かせてください、と求めているのではないだろうか。その道こそが預言者や殉教者たちの道なのだ。あの世で彼らと共にいることを望む者は、彼らと同じ道を進むべきであろう。

教えの精神は容易さである。それを困難にする者は、結果として自らを苦境に追い込み、教えを実践されない課題の山としてしまう。しかし中庸において実践される教えは実に容易なものなのだ。預言者ムハンマドはこれに関して次のように言われている。「確かなことだが、この教えは容易である。これを困難なものにする者がいれば誰であれ、この教えはその者に打ち勝つであろう」[6]

預言者がこの教えをどのように実践されたか、どのような実践を求められたか、それがすなわち、人ができる範囲内での宗教的生き方となる。「あなた方の誰一人自分の行為によって救われることはない」。これは、誰かが昼夜を問わず崇拝行為をしたとしても、著名な先人たちのような形でしもべとして生きたとしても、その行為だけでは不十分であり得るということである。教友たちはこのハディースを聞いて、すぐに預言者はどうだろうかと考えた。彼らにとって預言者のあり方は常に規範であり、全幅の信頼を寄せていたからである。そのため即座に預言者ムハンマドに尋ねたのだ。「あなたも、行為によってのみでは救われないのでしょうか、アッラーの使徒よ」

預言者ムハンマドの返事はこのようなものであった。「そう、私だってそうだ。もしアッラーが私を慈悲と恵みで包み込んでくださらなければ。[7]」これこそが謙虚さであり、アッラーに対してしもべのとるべき振る舞いであり、まさに御自身の偉大さにふさわしい答えである。

謙虚さ、と私は言った。そう、このお方における謙虚さはこれほど深く、根本的なものとなっていたのである。預言者ムハンマドが謙虚さの模範であられたことを再度強調し、崇拝行為における深さに話を移したい。預言者ムハンマド次のように言われた。

「私のとりなしは、私の共同体の、大罪を犯した者たちのためとなる」[8]

アッラーは、このお方の仲裁の権利をこのようにあの世で使われるのだ。我々の望むところもこれではなかっただろうか。 無数の罪を犯してきた。それでも、預言者ムハンマドのしもべであることを我々は訴え、自分たちも仲裁に加えて欲しいと求める。

私たちは罪深いが、それでも他の誰にも、しもべとして仕えなかった。仕えたとしたら、預言者ムハンマドの門番のしもべとして仕えたのだ。この気持ちをメブラーナ(哲学者1207~1293)の言葉を借りて次のように表現しよう。

「私はしもべとなった。あなたのしもべとなった。

あなたに仕え、平伏す。

しもべたちは自由を与えられて喜ぶが私はあなたのしもべであることが嬉しい」

私たちのこの切なる願いがアッラーによって聞き届けられるように、仲裁の望みもまた預言者によって聞き届けられるであろう。この思いと共に、我々は再度、その扉のノッカーに触れ「とりなしを、アッラーの使徒よ!」と言うのである。

預言者ムハンマドは、大罪を犯した者のためにとりなしをなされるであろう。我々も、まだこの世界にいるうちに、そのお方に居場所を伝え、私たちのためにも仲裁をと願う。このような願いを持たない人がいることは考えがたい。だからこそ、皆が今のうちからこのお方にご慈悲を求め、居場所を知らせなければならない。必ず、その願いを預言者ムハンマドはお聞きになるであろう。私たちは礼拝で「タヒーヤート[9]」を唱える時「おお御使いよ、なんじに平安あれ、アッラーの恩恵と祝福あれ」と直接このお方に呼びかけている。そのお方が聞いておられないのであれば、そのような呼びかけがどうして行なわれるであろう。このお方は聞かれており、アッラーも我々が預言者ムハンマドにこのようにすることを望まれておられるのである。

とりなしの範疇をこのように広く定めておられる預言者は、他のハディースでもこのように語っておられる。そもそもここで我々が重点を置くハディースがこれである。

「カアブ・ビン・ムッラの子孫たちよ。あなた方は自らをアッラーに捧げなさい。なぜなら私はあなた方のためにあの世で何もしてあげられない。アブディ・マナーフの子孫たちよ。あなた方は自らをアッラーに捧げなさい。なぜなら私はあなた方のためにあの世で何もしてあげられない。アブドゥル・ムッタリーブの子孫たちよ。あなた方は自らをアッラーに捧げなさい。なぜなら私はあなた方のためにあの世で何もしてあげられない」[10]

当時、様々な部族や民族が、自分たちの中から出た詩人や戦闘家を褒め称え、それを自らの誇りとしていた。その中で、預言者ムハンマドのこの言葉は謙虚さという点で非常に重要である。このお方はただの詩人や戦闘家ではない。この世の王であり、最後の預言者であられる。それにも関らず、御自分の出身部族に、アッラーの御前において何もしてやれないということを述べられ、彼らが「預言者は我々の一族の出身だ」といって優越感を持つようになる可能性を潰され、彼らの責任を教えられているのである。

まず、御自身に遠い一族から呼びかけを始められ、順に近い血縁へと進められている。そして「預言者の叔母、サフィッヤよ。あなたも自らをアッラーに捧げなさい。私はあなたのためにあの世で何もしてあげられない[11]」と言われたのであった。

サフィッヤは聖ハムザの妹であった。ウフド山の戦いでハムザが殉教した時、彼女はその死体を見たいと要望した。預言者ムハンマドは、彼女は耐えられないだろう、と、それを妨げられようとされた。しかし、強い意志を持つこの女性は、アッラーに召された魂を見るためか、あるいは怒りによって研ぎ澄まされるためにか、その場に出向いてその無残な死体をじっくりと見つめていた。そう、彼女は強く、意志のしっかりした女性だった。男勝りであった。

サフィッヤは、預言者が「私の援護者」と呼ばれていたズバイルの母でもあった[12]。彼女は残酷な司令官ハッジャージュ(661年~714年)に対してカアバを防衛している時、絞首刑という形で殉教したアブドゥッラー・ビン・ズバイルの祖母でもあった[13]。そして何よりも、彼女は預言者ムハンマドの実の叔母だった。それにも関らず、預言者ムハンマドは先のように言われたのである。

預言者は注意深く、また非常に均整の取れたお方であった。一部の者がするように、あの世において全ての人に手を差し伸べようなどと言われることはなかった。御自身の娘で、預言者として生きられた時代の唯一の心の果実であったファーティマにさえ、そのようなことを言われることはなかった。彼女にも同じことをおっしゃられていたのである。「預言者の娘、ファーティマよ。あなたも自らをアッラーに捧げなさい。私はあなたのためにあの世で何もしてあげられない」[14]

ファーティマは決してその想像にすら罪の入る余地のないまま、聖アリーと結婚した。そして二十五歳を迎える前には、既にこの世を去っていた。後に現れた全ての聖人たちは、全てその子孫であった。彼女は神意が降り注ぐ預言者の家で育った。預言者ムハンマドは彼女について「ファーティマは私の一部である[15]」と言われておられた。そして天国の女性たちの女王となることが告げられてもいる[16]。しかし彼女に対しても、預言者ムハンマドはそのように言われたのである。

生涯をこのように生き抜かれ、アッラーに対する礼儀や敬意においてわずかな不足さえも残されなかったお方が、そしてその偉大さの印として御自身を「なんでもない存在」と見なされ、御自分の行動を十分と見なされることのなかったこのお方が、人々のうちで誰よりもアッラーを畏れられ、あの世について誰よりも熟知しておられたこのお方が、罪を犯される可能性がいったいどこにあると言えるだろうか。道を逸脱されたり、踏み外されたりすることがあり得ようか。決してないと私は言い続けるだろう。

 


[1] Said Nursi, Lemalar
[2] Majma' al-Zawa'id 10/325; Kanz'ul Ummal 3/313
[3] 訳者注 カールーンはユーラー(旧約民数記6)と同一人だとされる。彼はムーサーのおじで知識においても豊かさにおいても抜群であった。(物語章28/76~82)
[4] サラバ・ビン・ハティーブは預言者ムハンマドに自分が金持ちになるようにお願いした。しかし、彼が大金持ちになると義務の喜捨をしたくなかった。(梅悟章9/75~76の説明を参照)
[5] Bukhari, Iman 29; Muslim, Munafiqun 78
[6] Bukhari, Iman 29; Nasa'i, Iman; Musnad 4/422
[7] Bukhari, Riqaq 18, Mardaa 19; Muslim, Munafiqun 71-73, 75-76
[8] Abu Daawud, Sunnah 21; Tirmidhi, Qiyamah 11, Musnad 3/213
[9] 訳者注 礼拝の中で座った時するお祈りの一部
[10] Bukhari, Vasaaya 11, Tafsir 26/2; Muslim, Iman 348-352
[11] Muslim, Iman 349-350
[12] Buhari, Fada'il al-Sahabah 48
[13] Ibn Hajar Isabah 2/309-311
[14] Bukhari, Vasaaya 11, Tafsir 26/2; Muslim, Iman 348-350
[15] Bukhari, Fada'il al-Sahabah 12, 16, 19; Muslim, Fada'il al-Sahabah 93-94
[16] Bukhari, Fada'il al-Sahabah 29; Tirmidhi, Manaqib 30

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