イーマーン(信仰)の道

見返りを求めない事

人はそれぞれに備わっている意識にしたがって、自分自身に与えられた役目(義務)を果たします。この事についていつもお勧めしたい事が一つあります。宗教に、国や政府にそして人類に対してどのような種類の奉仕でもよろしいのですが、奉仕をいたしましょう。けれども、何を行う時も、決して見返りを求めることがあってはなりません。これが私の助言です。人は行った奉仕に対して、いろいろ想像して、見返りを望むならば、もし見返りがない場合(アッラーが私達をお守り下さいますように)そっぽを向いて去ってしまう事があります。私はいつでもドゥアーする時、「アッラーよ。どうか、友人たちを私によって、そして、私を友人達によって、恥じ入らせないで下さい。」と想念します。なぜなら、世の中には一般的な明らかな見方や受け入れ方があり、それを私達は大切にする必要があるからです。そうです、人は、行おうとしている事を、よく検討し、自我をコントロールしながら、必ず精神的に自我を無(ゼロ)の状態にしなければなりません。又、自分自身にも、それを信じさせる事が必要です。そして、偉大な事から些細な事まで、私達が行った事に対して決して自分自身が成し遂げたと考えてはなりません。偉大な先人も、善行を為した状態と認められるような場合にも、ご自身を、「私達はいったい何者でしょう、些細な無力な者達です。」と仰るに違いありません。さもなければ、逆に、私達は夢のような考えや見返りを求める心におぼれて、息絶えてしまうことでしょう。

アッラーのご承諾に従う事

ドゥアーの際、真理の主に奉仕への愛、情熱を望む事は可能です。同時に、いつでも、「あなたの御望みになるそしてご承諾なされる・・・」と言うように私は申します。あなた方のご存知のないこと、背後に良きことが隠されているのか、悪しきことがあるのかお分かりにならないような願いを望むべきではありません。人間が個人的な望みや願いから遠ざかり、主の御命じになることとお望みになられることの中で、到達できるような望みを欲する事が大切です。私にとって、精神的向上とはこの事を意味します。

過去と未来

過去は私達の記憶から消すべきではありません。が、今日それは忘れ去られていくような気がいたします。過去なくして未来は在りません。の在る未来です。」と述べています。私達の歴史についてどうして関心を持たずに入られましょうか?私達の過去をなぜ学ばずにいられますか?過去を持たぬものはその未来もなし・・・

第2の本性

クルアーンを誦み、アッラーを想念し、ドゥアーし、任意の礼拝を行うというような崇拝行為は、継続的に心から望みながら行う事が大切です。これらが、時と共に、私達の第2の本性となりますように、たとえば、2ラクアの任意の礼拝を4ラクアの任意の礼拝をすることに慣れ、ずっと続けて止めなければ、もしあなたが止めようとしますと、「嗚呼、今日はなんとひどい過ちを犯してしまったのだろう」とあなたは感じるようになります。

このような捉え方は、もともと人間に備わっている幾つかの能力を使いこなしながら発達し、自己管理ができる事により成りたちます。

イーマーンの道

イーマーンとは感じる事、つまりのある種の感覚に関する問題でもあります。言いかえれば、それは、人によってそれぞれに異なる内面的な感覚です。心がイーマーンで満ち溢れているものが物事に対して否定的な感覚を持つ事は考えられません。たとえば、心がアッラーへの愛で完璧に満たされている者が他者や他の物に対して嫌悪を感じる事はありえません。アッラーへの愛がそれらを飲みこみ、消滅させるからです愛情溢れる御方(アル・ワドゥード)に到達する。」そうです、彼らは、黎明に我を忘れ、月に我を忘れ、星にも、そして万有に陶酔する(万物に対して無我の境地に至り、そこにアッラーのみが存在するという感覚を感知する)のです。すべてを愛情に満ちたまなざしで眺め、愛情に溢れた耳で聴き、万物を彼(アッラー)のためにのみ抱擁し、香りを感じ、いつくしみます。信じぬ者達にも同様に感じます。そう、神を否定するという泥沼をさ迷う人々にさえ情愛溢れるまなざしで見つめます。そして見つめながら「ああ、もしかれらがアッラーを信じる事ができるならよいのに、、、」と語るのです。と、同時に我にかえり「アッラーに赦しを乞います。アッラーよ、(信仰を与えられるのは)あなたのみの御しるし、あなたのみが可能です。」と祈り、信じぬ者達が信仰を得られない事への(アッラーの)英知を彼らは探し始めます。

すべてをアッラーに結びつける事、そして彼ゆえにすべてを深く愛する事がわたしにとって、とても大切です。

私達の気に入らない事がしばしば起こりますが、私達はその御業の背後にある英知に満ちた帷(とばり)を開く事が可能です。頭に思い浮かぶいくつかの問いに確固たる答えを見出すこともできます。しかしながら、真に大切なのはアッラーの御意志、御望み、御満悦です。(人にとって、アッラーのご満悦のみを求めて生きることが一番大切です。)この捉え方を勝ち得ること、そしてまた、すべてをこのように価値づける必要性があると信じます。たとえば、「リサーレイ・ヌールでしばしばテーマとなる「無力さと弱さ」について、万有、万物、そしてすべての出来事をこの視点からとらえる方は、自分自身の弱さと無力さを理解でき、その無力さと弱さの中に、彼(アッラー)の遠大な情愛を見出します。そしてこの世界や自分自身(自我)について深く深く考え、アッラーをより多く知ることができます。これらすべては、真剣にアッラーに向かい続けるためのよいきっかけとなります。

注1:ヤフヤー ケマル氏:(1884-1958)1903年パリヘ行く。政治学部で学ぶ傍ら、詩人として名を挙げる。イスタンブールに戻り大学で教鞭をとった後、ウルファから国会議員として出馬し当選。ワルシャワ、マドリーの全権大使を務める。1949年パキスタンへ大使として派遣される。

注2:「リサーレイ・ヌール・コレクション」から

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