預言者は模範であった

預言者たちが遣わされたその他の目的は、信仰する者への模範となることがあった。アッラーからの啓示である聖クルアーンでは、次のように示されている。

「これらの者は、アッラーが導かれた者であるから、彼らの導きに従いなさい」(家畜章6/90)

ここで考えるべきことは、預言者ムハンマドにさえ、自分より前に遣わされた預言者たちを一人ずつ確認した上で、彼らに従うようにと言われたことである。我々に対しても、聖クルアーンは次のように命じている。

「本当にアッラーの使徒は、アッラーと終末の日を信じる者、アッラーを多く唱念する者にとって、立派な模範であった」(部族連合章33/21)

預言者は我々にとって指導者であり、イマームである。礼拝の際に、イマームに従うように、人生の全てにおいてそのお方に従うべきである。なぜなら、真の生き方をそのお方から、そして他の預言者から、我々は教わったからである。イスラームの最初期の信者たちは、預言者ムハンマドにどんな細かいことでもきちんと従っていた。そのために、彼らも、彼らの後に続く者たちも、預言者ムハンマドに、次のように述べてもらえる幸福を得たのである。

「人々にとって、次のような時代が訪れるだろう。すなわち、人々の中からある集団が現れ、彼ら自身に、『あなた方の中で、預言者を見た者はいるか』と問われるだろう。彼らも、『はい』と答えるであろう。それから、彼らに対して、扉が開かれるだろう。そして、人々から、さらに他の集団が現れるだろう。彼らに対して、『あなた方の中で、預言者の友となった人を見た者はあるか』と問われるだろう。『はい』と答えるであろう。さらに彼らに、門が開かれるであろう。それから、さらに、人々の中からある集団が現れるだろう。彼らに対して、『あなた方の中で、預言者の友となった者を見た人と、友達である者はいるか』と問われるであろう。彼らも、『はい』と答えるであろう。彼らにも、城門が開かれるであろう」[1]

さらに、他のハディースでも、預言者ムハンマドは、次のように述べておられる。

「人々の中で最も素晴らしいのは、私と同じ時代を生きた人たちである。それから、彼らに従う者であり、その後には、その者たちに従う者である」[2]

このように述べられることによって、預言者ムハンマド自身に近い時代が上位にあることを明らかにされている。なぜなら、彼らは人生を感情を、考えを、預言者ムハンマドの人生に、感情に、考えに近づけようと、とても気をつけて行動していた。アッラーが模範として選ばれたこのお方に似ることは、目標であるべきであり、事実目標であった。預言者ムハンマドの教友たち、あるいは教友を見ることができた者たち、あるいは教友を見た者たちを見ることができた者たちは、誰よりも注意深かった。彼らは、このために、他の時代に生きた者たちよりも、さらに立派なのである。預言者イーサーは「神聖なる者たちの旗は、弟子たちの手にある」[3]と述べている。この言葉は、預言者ムハンマドのウンマについて当てはまる。預言者ムハンマドは、あるハディースで「私のウンマの宗教学者たちは、イスラエルの息子たちの預言者のようである」[4]と言われている。そう、彼らは、預言者ムハンマドに従うという点で、非常に進んだ段階まで到達しており、その少し先には預言者の段階があるほどであった。

例えて言うなら、信仰の扉を開く時扉の枠さえも取り払って入り込んだウマルは、この最もわかりやすい例であろう。彼は預言者ムハンマドを完全に自分の導師であり、イマームであるとみなし、生き方が全てを彼に見習ったものであった。その点では並ぶ者がない人であった。ローマやビザンチウムの城壁が開かれ、国民やその支配者が彼のしもべとなるような状態においてさえ、彼はその生き方を全く変えなかった。エルサレム(今日ここは傷つき、問題を抱え、戦争が起こり、イスラーム世界の中で黒いシミのような状態であるが)も、彼の時代に征服されたのであった。完全に軍隊が掌握したのにも関わらず、何人かの司祭は街の鍵を渡すことを拒否していた。「あなた方の中に、この街の鍵を渡せるような人が見当たらないからだ」と彼らは言っていた。この状態がウマルに伝えられると、彼はラクダに乗って出発した。自分のラクダは持っていないため、国庫から借りたラクダに乗って出かけた。彼自身の奴隷と交代でラクダをひきながらエルサレムまでやって来た。運命の皮肉で、街に入るところでちょうど奴隷がラクダに乗る番だった。ウマルはラクダから降り、奴隷が拒むのにも関らず、彼をラクダに乗せた。そして、ラクダをひきながら、街に入ったのである。この光景を見た者は「我々の本に述べられているとおりのお方だ」と恐れ入り、街の鍵を彼に渡した。[ragip1]

ウマルは、争いで傷つき、その臨終を迎えていた時、食べ物も飲み物も取れないほど弱りきっていた。しかし祈りの時間になると、傷口から血を流しながらも、礼拝を行った。そして言った。「礼拝をしない者は、イスラームの教えから何も得られない」。[5] ウマルがそうしたのは、そうするようにと預言者ムハンマドから教わったからである。彼は厳密に、自分の師に従い、彼自身もその後の世代に従われるのである。

 


[1] Bukhari, Fada'il al-Ashab 1; Muslim, Fada'il al-Sahabah 208-9
[2] Bukhari, Fada'il al-Ashab 1; Muslim, Fada'il al-Sahabah 212
[3] 参照 Ibrahim al-Halabi, Sirah, 1/218
[4] Ajluni, Kash al-Khafa' 2/83
[5] Ibn Sa'd, Tabaqat 3/350; Haithami, Majma'al-Zawa'id 1/295

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